『営業の働き方改革』をどう進めるか【前編】

  • ツイート
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

~「属人化」が組織にもたらすリスク~

いまや国家的プロジェクトとなった「働き方改革」実現のため、各分野で勤怠管理や業務のシステム化など、さまざまな取り組みが進行中です。特に活動の質と量がバランスよく求められる営業という仕事では、売上実績を維持・向上させながら「働き方改革」を推進するカギとして、「属人化」の見直しが注目されています。今回は「属人化」から「標準化」への転換をテーマに、『営業の働き方改革』について考えてみましょう。


「〇〇さんが休みだから、さっぱりわからない」「この仕事は誰もやり方を知らないから、△△さんに聞いて」──。時折、このような場面に遭遇することはありませんか? 一時的に情報の共有ができていないだけなら、さほど問題ではありませんが、これが日常的であれば、その組織には「属人化」による問題が発生しています。これは企業にとって看過できない状況であり、経営資源の多大な損失です。

働き方改革を進める上で、業務の負担軽減や円滑な推進の妨げとなる「属人化」は、企業がまず取り組むべき大きな課題と言えそうです。

「属人化」の意味

「属人化」とは、ある業務を特定の人にしか分からない状態にしてしまうことで、例えば「ベテランの□□さんにしかわからない業務がある」といった状況が身近な例です。「属人化」は多くの場合、批判的な意味で使われる言葉で、誰にでも分かるようマニュアル作成などで「標準化」するべきとみなされています。

一方で、職人や企画開発、研究職など「属人化」が一般的に容認されている業務もあります。「商品以上に自分を売る仕事」と言われる営業も個性や能力が尊重される仕事ですが、別の視点で考えるなら、担当者のカンやコツ、経験、モチベーション次第で売上が左右されるのは、会社にとって決して好ましい状況ではありません。

「属人化」はこの10年ほど、よく問題視されるようになっています。背景には、団塊世代の大量定年に伴って蓄積されているはずのノウハウや営業手法が次世代に引き継がれず、現場に混乱が生じているという実態があるようです。

属人化のデメリットとリスク

営業の「属人化」は、さまざまな形で現場に混乱と停滞をもたらしています。

 ①個人が長時間かけて築きあげた営業活動のノウハウが社内に残っていない
 ②営業活動の分析や課題の抽出、また改善策の考案や実行ができていない
 ③ノウハウが共有されないため、新人や若手社員の教育に時間がかかる
 ④担当者の異動・退職時に引き継ぎがうまくいかず、トラブルの原因になっている

これでは個人が1馬力ずつバラバラで仕事をしているのと同じです。チームの総力で大きな目標を達成するという、組織ならではの醍醐味やスケールメリットが発揮できない異常な状態だと言えます。

また、「属人化」は担当者でなければ業務の内容がわからないため、チェック機能が働かない状態で物事が進みます。誰もチェックしていない状態で重大なミスが起きた場合、責任の所在を明確にするのは大変困難です。「属人化」を放置することは、企業にとって大きな爆弾を放置しているのと同じ意味を持ちます。

属人化には以下のようなリスクが潜んでいます。

・効率の問題
「属人化」が進むと担当者の休暇や不在、多忙によって業務が滞ってしまいます。結果的に人的・時間的に余分なコストがかかり、無駄が発生する可能性があります。

・品質の問題
他者が業務をチェックできないため、業務の品質保持が確認できません。手抜きやミスがあっても見過ごされ、後々重大な損失を生むきっかけとなる可能性があります。

・人事の問題
「属人化」によって特定の個人に売上や業務運営を依存している場合、その個人の退職時や異動時のリスクまで考えなければならず、健全な人事判断に影響を与えます。

・人間関係の問題
「属人化」で仕事を囲い込んでいる人がいる場合、部署内に不満がたまって雰囲気が悪くなり、コミュニケーションや円滑な組織運営に問題が生じる可能性があります。

・引継ぎの問題
人事の問題と関連しますが、後任担当者に引き継ぐ情報が膨大になってしまい、十分な引継ぎができず、結果として顧客を失い、売上実績が低下する可能性があります。

属人化にはメリットもある

「属人化」はマイナスなイメージばかりがつきまといますが、プラスの面もあります。

・業務効率がいい
特定の業務だけを集中して行う場合、知識やノウハウをもつ個人なら、誰よりも早くその業務を終わらせることができます。もちろん個人の能力次第で業務効率に差は出ますが、「属人化」は「ある一定の業務処理能力を持つ個人が、業務の進め方を最適化した状態」という見方もできます。

・個性を活かせる
マニュアル通りの業務では満足できない、また他者とは一線を画す個性や持ち味がある。こういうタイプの社員にとっては、業務をある程度「属人化」させることでモチベーションが高まり、予想以上の成果を出す場合があります。

こうしたメリットを管理者が十分に考慮した上で「属人化」を上手に活用するのは戦略的だと言えますが、管理者が実態を把握しないまま常態化してしまった「属人化」は、メリットよりデメリットの方が大きいのが事実です。

営業という仕事は本来、個人の資質に左右される点が大きな業務ですが、「属人化」のメリットとデメリットを管理者が十分に認識した上でバランスよく活用することが大切になります。

属人化がなぜ起きるのか

そもそも、なぜ「属人化」が起きるのでしょうか。組織の状態によってさまざまな理由が考えられますが、「属人化」が発生する理由には、意図的な理由と環境的な理由が考えられます。

①立場や地位を守りたい
情報や知識、ノウハウの共有によって自分の仕事が奪われ、現在の立場や地位が脅かされることを恐れて、意図的に仕事を「属人化」させる場合があります。「属人化」は仕事を任せられている人間にとって、自分の価値がもっとも高まっている状態です。そのため自分の価値が損なわれないよう、共有化を拒もうとする心理が働くのでしょう。

特に相対的な人事評価をする組織では、相手が自分より優位に立てばボーナス査定や昇給昇格に影響すると思い、情報や知識、ノウハウを隠したがる傾向が強くなります。業務のマニュアル化とは、言わば「自分でなくても良い状態」ができることでもあるため、このような組織の利益を無視した個人による弊害が発生しやすいようです。

②ミスを隠しておきたい
情報を共有すると、当然ですが成果だけではなくミスも共有されてしまいます。自分のミスを他者に知られるのは、誰にとっても嫌です。そのため、重大ミスを隠そうとして仕事を「属人化」する場合があります。「属人化」によって第三者のチェックが働きにくくなると、自分の立場が保たれ好きなようにできる環境が確保されます。しかし客観的なチェックができない状態でミスの発覚が遅れ、対応が後手に回って組織に多大な迷惑をかけるリスクが高まります。

③自分の仕事で手一杯
担当者が日々の業務に追われ、忙しすぎて情報共有ができていない状態です。意図的に知識・ノウハウを隠しているわけではないものの、必要な情報が的確に伝達できていなければ、トラブルやミスが起きかねません。また「自分でやった方が早い」と周囲に仕事を回さない人も多く、これでは「属人化」が進むだけでなく、新人や若手教育の観点から見ても好ましいことではありません。時間に余裕が無いためマニュアル作成も進まず、悪循環に陥ってしまいます。

④属人化を防止する仕組みや対策がない
そもそも最初から業務マニュアルがない、あるいは基本的な行動が標準化・平準化されていない企業は少なくありません。特に中小企業には、業務が「属人化」しているのが当たり前で、むしろそれを良しとし、いつまでも「属人化」の状態から抜け出せない組織が数多く見受けられます。これは決して社歴の長短に限らず、手探りで事業を始めたベンチャー企業にも起こりがちな現象です。


意図的にせよ、無意識にせよ、業務が「属人化」している状態は、仕事を任せられている本人たちにとって、何かとメリットが多いという見方ができます。つまり、情報を共有して「属人化」をやめるよう個人の意識を変えるのは、なかなか難しいことだと言えるでしょう。

後編では、具体的に業務を「属人化」から「標準化」へと移行させるための、ポイントとプロセスについてご紹介します。

>>『営業の働き方改革』をどう進めるか【後編】はコチラ!