『孫子』に学ぶ、人間学 ④ 戦わなければ、負けはない

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【第4回】戦わなければ、負けはない

「負けないための兵法」と称される『孫子』の大要は、以下4点に集約されます。

 1 戦争はしない。敵を味方に変える。

 2 強き者とは戦わず、弱き者と戦う。

 3 強き者の弱点が見つかるまで、戦わない。

 4 強き者の弱点がわかれば、これを集中して攻める。

1は、『孫子』の真骨頂と言える「戦わずして勝つ」です。

2は、一見すると卑怯に思えますが、そうではなく「強き者=弱点が少ない者」「弱き者=弱点が多い者」と考えてください。相手が弱き者であれば、和議や調略、同盟など血を流さずに味方を増やすことができます。

3は、たとえ強き者でも、弱点が見つかればたちまち弱き者に転化します。そうなれば、命のやり取りをせずに敵を味方にすれば良いのです。

4は、2と同じく卑怯だと受け取られがちです。しかし、弱点を集中して攻めるのは勝負の常道。スポーツの世界でもあたりまえの戦略です。弱点を集中して攻めれば勝敗は早く決まり、結果的に傷つき命を落とす者の数を減らすことができます。

『孫子』は、できる限り血を流さず、「戦わずして勝つ」ことを教えています。それは、一つでも多くの命とともに国を繁栄させる道を、追求しているからです。これを踏まえ、『孫子』を構成する13篇について見ていきましょう。

3.謀攻(ぼうこう)篇 / 戦わずして勝利を収める

実際の戦闘によらず、計略によって敵を攻略すべきことを説く篇
百戦百勝が最善ではない。戦闘をせずに敵を降伏させることこそ最善である。


◎相手を傷つけない勝ち方にこだわる

戦争では、敵国を保全した状態で傷つけずに攻略するのが、上策である。敵国を撃ち破って勝つのは、次善の策である。


息の根を止めるような、相手を完膚なきまで攻め滅ぼしてしまう戦いをすると、そこに残るのは敗者の恨みだけです。また、疲弊した国を自領にしても、すぐに他国から攻め込まれる〝弱点〟にしかなりません。だからこそ孫武は、「負けないためには、無駄な敵を作らない方が良い」と言っているのです。

知恵をしぼり、敵を味方にしてしまう。恨みを買うような勝ち方ではなく、相手も納得する勝ち方をする。それは、スポーツマンシップに似ているかもしれません。

◎唯一無二の領域で、相手を圧倒する

100回戦って100回勝ったとしても、それは最善の策ではない。

戦わずに敵を屈服させることこそ、最善の策である。


「百戦百勝=常勝」は、もちろん悪いことではありませんが、最善とも言えません。100回も戦えば、こちらも相手も疲弊してしまいます。戦いには必ず「損害=コスト」が生じ、双方とも消耗してしまうからです。100回消耗戦を繰り返すのではなく、戦いは20回に減らし、あとの80回は戦わずに勝つことができれば、双方の損害は減り、敵を味方にできる可能性は高まります。

では、戦わずに相手を屈服させるにはどうすればよいのか?もっとも良いのは、戦う前に相手に戦意を喪失させ、「かなわない」と思わせることです。現代のビジネス社会で例えるなら、絶対に負けない唯一無二の独自領域を確立し、「この分野では叶わない」と相手に思わせることができれば、戦いを回避できます。

この独自領域は、単なる〝強み〟ではありません。誰も気づかなかった、誰も手を出さなかった、誰も追求しなかった。そんな領域を開拓し、徹底的に特化しましょう。「真似しても到底追いつかない」と相手が戦意を失うほど圧倒的な強みを確立できれば、戦う必要は無くなります。

◎自分が不利な場面で無理をしない

最上の戦い方は、敵の謀略や策謀を見抜いて無力化すること。

そして敵の同盟・友好関係を断ち、孤立させること。

いよいよ戦火を交える際に最悪なのは、敵の城を攻めること。

城攻めは、他に方策が見つからない場合にやむを得ず行う手段に過ぎない。


「敵の城」を現代社会に置き換えるなら、「相手にとって唯一無二の領域」と言えます。前項の教えがホームでの戦いだとしたら、「敵の城」はアウェーでの戦いです。それでも、不利を承知で戦わねばならない時には、慎重に事前準備を重ねましょう。

アウェーだと気づかず、勝手が分からないまま相手の領域で戦うのは最悪です。本来、戦いは自分の領域に相手を引きずり込んで行うもの。やむを得ず相手の領域で戦う場合は、不利を自覚し、いつも以上に慎重に戦いを進めることを忘れてはいけません。

◎敵の力を取り込んで、大きな覇をめざす

必ず、敵味方すべてを保全する前提で、天下の覇を競うことを考えよ。

さすれば軍を疲弊させることなく、戦利を得ることができる。

すなわち、謀(はかりごと)によって敵を攻略する方法である。


近江商人の有名な言葉に「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」がありますが、孫武の教えは、この考えに通じています。自分や相手を疲弊させずに勝つ方法をとれば、自分も相手も他の関わる者にも利益をもたらすことができます。

例えば、競合先とのコラボ企画やキャンペーンで、ライバル同士が手を組み共通目標に向かってともに進みことで、互いの力を浪費せず、大きな効果を生み出す。目の前のライバルだけを見るのではなく、将来にわたって次々と現れる敵を想定し、常に万全の状態で戦える基盤を丁寧に構築することが重要です。

いかに疲弊せずに戦うかを考える上で、孫武は相手を巻き込み味方にしてしまう作戦を勧めています。孫武は常に「損害=コスト」を意識して物事を考える、リアリスト。2500年前の兵、食糧、武器などモノが乏しかった時代に、これらを最大限に有効活用することこそ勝利のカギだと考えたのです。

◎自分の分を知り、意地を張らない

自分の兵力が劣っているのは明らかなのに、

無理をして大きな兵力に戦いをしかけても、敵の餌食になるだけである。


実力が劣っているのに「負けるはずがない」「たとえ大敵でも負けてなるものか」と根拠もなく戦うのは無謀です。それは弱者の意地に過ぎず、ほぼ確実に負けるでしょう。

「小よく大を制す」という言葉があるように、とかく小さな力の者が大きな敵を倒すことを賛辞する考え方があります。しかし、これを鵜呑みにしてはいけません。自分の兵力を冷静に見極めなければ、負けない仕事、負けない生き方はできないのです。

孫武は、戦って良いのは自軍が敵軍と同等以上の兵力を持っている時だけと言っています。自軍の兵力が低ければ撤退する。まったく及ばないのなら、敵との衝突自体を回避する道を選べと言っています。

もちろん自分の力が小さいからと、簡単にあきらめるのは感心しません。しかし、「負けてたまるか」というプライドや意地、精神論や根性論に頼って安易に戦うのは、愚の骨頂です。「小よく大を制す」という考え方が好まれるのは、それが稀であるから。本来は大きな兵力が勝つのが当たり前なので、稀な勝利がもてはやされるのです。

孫武が言う「負けない」とは「負ける戦いをしない」ということです。退却や戦いの回避を選択することは卑怯だと言われがちですが、下手に戦わないことも立派な戦略です。戦う前に状況を冷静に判断し、負けそうなら最初から戦わない、あるいは退く。撤退を選択して長期的に負けない方向をめざすのは、決しておかしくはありません。意地を張っても負ければ終わり。勝たなくても、負けなければ、いつか必ずチャンスは巡ってきます。

◎戦う前に分かる、5つの勝負ポイント

勝利を得るには、戦う前に知っておくべき5つのポイントがある。

それは、敵と味方を比較する際の視点でもある。


①戦うべきか、戦わざるべきか

まさにこれが原点です。相手や業界、市場の動向、社会環境などを見ながら、ここぞ!という時のみ戦う。それ以外は戦わない。判断と選択のモノサシを持ちましょう。

②兵の大小に応じた動きをする

そもそも大軍(大企業)と小軍(中小企業)の戦い方は違います。例えば、大企業なら商品プロモーションにCМを大量投下することも可能ですが、中小企業にそんな予算はありません。ではどうするか?と考え、知恵をしぼることが重要です。

大企業から中小企業に転職した人がなかなか活躍できないのは、大企業の働き方を基準に物事を考える習慣のせいかもしれません。小さな会社の働き方に頭と行動をシフトすることで、新しい働き方ができるかもしれません。小さな企業から大企業に転職した人は、会社の知名度や規模を有効に使って、自分らしい働き方を確立しましょう。

③上司と部下の意思疎通はできているか

現場の実態を知らない上司があれこれ指示を出すと、組織は混乱します。一方で、近年「部下に任せなさい」「上司があまり口出しをしてはいけない」というマネジメント論が横行し、消極的になって円滑なマネジメントが行えないケースが増えています。

問題は、現場の事情を知らない上司が口を出すことです。きちんと現場を把握しれば、有効なアドバイスや指示を出すのは本来上司の務めです。それができない上司は、上司とは言えません。

④事前の計画や段取りはできているか

相手の情報を集め、徹底してシミュレーションを重ね、あらゆる可能性に対応可能な準備を整える。自分の準備ができ、相手の準備が整っていなければ、戦いには勝ちます。孫武は『孫子』全体を通して、事前準備の重要性について何度も触れています。「勝負は段取りで決まる」ということなのでしょう。

⑤リーダー(将軍)は有能か、トップ(国王)は口出ししないか

チームを率いるのはリーダーですが、組織にはトップがいます。リーダーが有能なら、トップはあれこれ口を出さず、リーダーの好きにさせる方が良い結果につながります。

同じように、リーダーがメンバーに干渉し過ぎるのは禁物です。メンバーが優秀なら、可能な限り任せて育てましょう。もしメンバーが未熟なら、任せたままでは勝てないので適切なアドバイスが必要です。どこまで任せ、どこに口を出すのか。リーダーやトップはそれを丁寧に見極めましょう。


◎相手と自分を知り尽くす

相手の実情や実態を知って、自己の状況も知っていれば、危険な状態には陥らない。

相手の実情を把握せず、自分の状況だけ知っているなら、勝負は五分五分である。

相手のことも自分のことも知らなければ、戦うたびに必ず危機に陥る。


注目すべきは、相手と自分のことも知っていても、「危険な状態には陥らない」と言うだけで「戦いに勝つ」「百戦百勝」とは言えない点です。敵の方が自軍より優れている場合には、戦いを回避する(逃げる)という選択があるからです。

相手も自分も分かっているのに負けるのなら、本当にそうなのか真摯に自問自答してみましょう。単にがむしゃらだけで、戦いには勝てません。


「負けないための兵法」である『孫子』───今回は、謀攻篇から「戦わずして勝利を収める」教えを学びました。次回は、軍形篇を通して、「負けない〝型〟をつくる」というテーマについて考えてみましょう。