『孫子』に学ぶ、人間学⑤負けない「型」をつくる
「負けないための兵法」と称される『孫子』の大要は、以下4点に集約されます。
1 戦争はしない。敵を味方に変える。
2 強き者とは戦わず、弱き者と戦う。
3 強き者の弱点が見つかるまで、戦わない。
4 強き者の弱点がわかれば、これを集中して攻める。
1は、『孫子』の真骨頂と言える「戦わずして勝つ」です。
2は、一見すると卑怯に思えますが、そうではなく「強き者=弱点が少ない者」「弱き者=弱点が多い者」と考えてください。相手が弱き者であれば、和議や調略、同盟など血を流さずに味方を増やすことができます。
3は、たとえ強き者でも、弱点が見つかればたちまち弱き者に転化します。そうなれば、命のやり取りをせずに敵を味方にすれば良いのです。
4は、2と同じく卑怯だと受け取られがちです。しかし、弱点を集中して攻めるのは勝負の常道。スポーツの世界でもあたりまえの戦略です。弱点を集中して攻めれば勝敗は早く決まり、結果的に傷つき命を落とす者の数を減らすことができます。
『孫子』は、できる限り血を流さず、「戦わずして勝つ」ことを教えています。それは、一つでも多くの命とともに国を繁栄させる道を、追求しているからです。これを踏まえ、『孫子』を構成する13篇について見ていきましょう。
4.軍形(ぐんけい)篇 / 防御を強化し、勝利の形を作る
自軍は不敗の態勢を維持しつつ、敵軍の敗形を待つ。軍の形勢を説く篇
戦わずに敵を降伏させることがベスト。百戦百勝が最善ではない。
防御の形を作ると兵力に余裕が生まれるが、攻撃の形を作ると兵力が不足する。
◎守りを固め、相手が弱みを見せるまで待つ
戦いに巧みな者は、まず敵が自軍を攻撃しても勝てないようにしておいてから、敵が弱点を露呈し、自軍が攻撃すれば勝てるようになるのを待ち受ける。
「まず守りを固めよ」というのは、ビジネスでは消極的に思えるかもしれません。さらに孫武は、守ってからすぐに攻めるのではなく、敵が弱みを露呈するまで待て、下手に攻めるな、と言っています。いわば「負けない仕事術」の極意と言えるでしょう。たとえ負けない理由が多くあっても、勝てるかどうかは時の運。自分に都合良く、敵をコントロールすることはできません。
ただし、自分のことはコントロールできます。しっかり準備をして、待つ。コントロールできる自分の準備を、しっかりと進めておくのです。ここで言う「守る」とは「弱点を無くす」こと。よく「強みを伸ばせ」と耳にしますが、自分の弱点がわかっているのなら、事前に補強しておく方が賢明です。その上で、敵の弱点がわかったら、そこを集中して攻めるのです。
孫武はまた、「勝利の方法を知ることと、実際に戦って勝つことは別である」とも記しています。方程式通りにやれば必ず答えが見つかるわけではありません。どれほど準備しても、相手がもっと備えをしていたら勝てません。それほど準備をすることは重要です。守って、守って、勝つ。理想的な勝ち方は、守備を固め、守って、守って、相手が疲れたら速攻でカウンターパンチ、という流れです。
◎わかる者にはわかる、本物をめざせ
勝利の見立てが、広く一般の人にもわかる程度では、真に優れた勝利とは言えない。
常識的なことができたからといって、それはあくまで常識の範囲内であり、常識はずれの相手には通用しません。一見普通だけれど、プロが見たら違いがわかる、というレベルまでできて初めて〝本物〟と言えるのです。
本物の仕事とは、案外地味なもの。大きな声で挨拶する人は目立ちますが、挨拶は考えてみれば常識的な行動です。しかし、その人の後から、そっと落ちているゴミを拾ってゴミ箱に捨てる人の行動には、なかなか気づきません。目立たない行動の中にこそ、本物の仕事が隠されています。負けないためには、目立った常識的なレベルに満足せず、目立たなくても本物の仕事をめざしましょう。
◎勝てる時にしか、戦わない
古くから兵法家が考える「優れた者」とは、容易に勝てる相手に勝つ者、である。
勝てる相手とだけ戦えば、負けません。まわりが「弱い相手に勝っただけ」としか見なくても、それで良いのです。勝てるかどうかわからないのに、がむしゃらに突撃して負けては元も子もありません。日本人が精神論を振りかざして陥りがちな、失敗パターンでもあります。孫武は、これを勇敢だとは決して認めません。
〝負けない仕事〟は決して派手ではなく地味なので、わかる人にしかわからないでしょう。〝負けない仕事〟は言い換えれば〝確実な仕事〟のことです。ミスはしないけれど、派手な手柄を上げるわけでもない。なぜなら、勝つことより、負けないことが目的だから。ゆえに勝てる戦いなら、どんなに小さな戦いにも必ず勝ちます。攻める時は、必ず勝つ。そもそも、勝てそうになければ戦わない。
「勝てる時しか戦わない」というのは、実はとても難しい判断です。戦う前に、勝てるか勝てないか見極めなければなりません。例えば、あたりまえのことを、あたりまえにやっている人は見ていてパッとしませんが、いざ自分が同じようにしようとしても、なかなかできません。本当に負けない人の行動は、案外地味です。つまり、一見地味な人の中にこそ、堅実に戦い、決して負けない人がいるのです。
◎勝つイメージができてから、戦う
勝利する軍は、まず勝利を確定させてからそれを実現させようと戦闘を始める。一方、敗北する軍は、先に戦闘を始めてから、その後で勝利を追い求めようとする。
勝つ人は、戦う前から勝てるか勝てないかを予想し、勝つイメージができたら戦い、勝つイメージが持てなければ戦いません。だから負けないのです。
負ける人は、勝てるかどうかわからないのに戦い始めてしまう。戦いながら「どうしたら勝てるか」を考える。それでは、勝ち負けは五分五分でしょう。勝つイメージができてから戦うというのが大原則です。
営業現場に当てはめるなら、営業に行く前に商談の流れを想定し、展開をイメージしながら準備を進めるということです。事前に具体的なイメージをして準備万端で臨めば、商談成立の確率は高まります。しかし、とりあえず出かけて行き当たりばったりの商談をしても、やれ資料だ、やれ見積もりだと何度も出直す羽目になる。その間に商機を逃してしまうことが少なくありません。
前日の終わりに翌日の段取りをするのも、勝つイメージを整えて戦うための準備です。事前に考えるから準備ができ、効率も上がる。勝ちがイメージできなければ、戦わないこと。惰性でぶっつけ本番の仕事をしても、負けない仕事はできません。
◎勝ち負けを自在にコントロールする
用兵に長けた者は、これまで述べた勝敗の道理、思想、考え方を踏まえ、進むべき道筋を明確に示し、軍制や評価基準を徹底させる。
重要なのは、勝つためのストーリーを論理的に積み上げ、そのプロセスの評価方法や測定基準を明確にする、という点です。
戦い方については、全容を把握し、十分に考えが及んでいることが重要です。そうすれば事前準備を整えることができ、想定外の展開にも迅速に対処できます。
評価基準では、日々の定型業務を漫然とこなすのではなく、自分なりの尺度(基準値、マイルール)を定め、それを意識しながら行うことが大切です。実際値と自分の尺度とのギャップを把握し、それを改善することで、勝ち負けを自在にコントロールする力が次第に身に付いていきます。勝ち負けの見極めができ、仕事のコントロールができれば、攻める守る、戦う戦わないなど、自分で決めて自由に判断することができます。
◎エネルギーとなるデータをためておく
勝つ者は、戦闘において、満々とたたえた水を深い谷底へ一気に決壊させるような勢いを作り出す。これこそ、勝利に至る態勢<形>である。
エネルギーを貯め込み、ここぞというときに一気呵成に放つ。それが、負けないための「型」です。
データをためておくという視点で考えるなら、戦うためにデータのストックを作っておくということです。これは日頃の蓄積がものを言います。10年間貯め続ければ、10年間のデータが集積する。これが大きな力になります。「満々とたたえた水」のようにデータを貯める。データとは、顧客情報、社内の情報、検査結果、アイデア、事例集など職種によってさまざまです。手帳、スマホ、ボイスレコーダー、ノートなど、ツールは何でもOK。コツコツと集積し、いざという時にそれをポンと出しましょう。
どんな些細なことでも記録し、それが大量に貯まることに意味があります。いわば、自分だけのビッグデータ。人生には、ここぞという勝負時があります。その時こそ、このビッグデータが、負けないためにきっと役立つことでしょう。
「負けないための兵法」である『孫子』───今回は、軍形篇から「負けない〝型〟をつくる」という教えを学びました。次回は、「勢いを操る」というテーマについて、考えてみましょう。
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