『孫子』に学ぶ、人間学 ③ がむしゃらだけで、勝てはしない

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【第3回】がむしゃらだけで、勝てはしない

「負けないための兵法」と称される『孫子』の大要は、以下4点に集約されます。

 1 戦争はしない。敵を味方に変える。

 2 強き者とは戦わず、弱き者と戦う。

 3 強き者の弱点が見つかるまで、戦わない。

 4 強き者の弱点がわかれば、これを集中して攻める。

1は、『孫子』の真骨頂と言える「戦わずして勝つ」です。

2は、一見すると卑怯に思えますが、そうではなく「強き者=弱点が少ない者」「弱き者=弱点が多い者」と考えてください。相手が弱き者であれば、和議や調略、同盟など血を流さずに味方を増やすことができます。

3は、たとえ強き者でも、弱点が見つかればたちまち弱き者に転化します。そうなれば、命のやり取りをせずに敵を味方にすれば良いのです。

4は、2と同じく卑怯だと受け取られがちです。しかし、弱点を集中して攻めるのは勝負の常道。スポーツの世界でもあたりまえの戦略です。弱点を集中して攻めれば勝敗は早く決まり、結果的に傷つき命を落とす者の数を減らすことができます。

『孫子』は、できる限り血を流さず、「戦わずして勝つ」ことを教えています。それは、一つでも多くの命とともに国を繁栄させる道を、追求しているからです。これを踏まえ、『孫子』を構成する13篇について見ていきましょう。

2.作戦(さくせん)篇 / 戦争を長期化させない

自軍を派遣するために必要な、軍費と国家経済の関係について述べる篇

戦争が長期化しても、国の利益にはならず損失の方が大きい。


◎勝つ以上に、負けない戦い方をする

戦争を選択する上での最大の目的は〝勝つ〟ことである。


孫武が生きた時代と現代とでは、少し事情が違います。周囲を敵に囲まれ〝群雄割拠〟と言われた孫武の時代には、とにかく〝勝つ〟ことが最重要課題でした。当然です。なぜなら戦いの勝敗が自分の生死を左右し、国の存亡に直結していたからです。勝敗の結果いかんでは、取り返しのつかない展開になりかねない時代でした。

しかし、現代に生きる私たちにとって、この点は少し意味合いが変わります。端的に言えば、人生におけるさまざまな選択に〝失敗〟しても、命を取られるわけではありません。ましてや、仕事における戦いも同じです。もちろん勝つことを目的に戦いますが、たとえ一時的に負けたとしても、長い人生を通して〝自分なりの勝ち〟を得ることはできます。がむしゃらに勝ちにこだわった結果、心身の健康を損ない、人間関係にわだかまりを生んでしまっては、人生において決して〝勝ち〟とは言えないのではありませんか? では、どうするべきか? 答えは「最終的に負けない勝ち方をする」ということです。

そもそも戦いや争いは、勝敗に関係なくエネルギーを消耗します。本当に戦うべき時に最大限の力を発揮できるよう、むやみに戦わず、時と場合によっては戦わない選択をする方が得策な場合があります。勝てそうにない時に戦わず力を蓄えることは、決して臆病なことではありません。勝とう勝とうとがむしゃらに戦おうとせず、長い人生を通して〝勝ち〟を得る道を選ぶ。それが、負けない人生の戦い方だと言えるでしょう。

◎攻める時は、素早く一気に

戦いにおいては、すみやかに事を進めた成功例はあるが、長引かせて成功例はない。戦争が長期化して国家に利益があった例など、未だかつてない。


戦争の長期化が国家に多大な損失を与えた例と言えば、ベトナム戦争が挙げられます。時間の経過とともに〝泥沼化〟と評されたベトナム戦争は、直接的な軍事的損失だけではなく、帰還兵の精神的ダメージによる労働力低下や社会保障の増大など、その後長きにわたって構造的な課題をアメリカにもたらしました。

戦いには、ここぞという勝負時があります。「勝てる!」と直感したら、できるだけ短期間に一気呵成に攻めることが大切です。〝勢い〟が大きなパワーを生み出します。わが国の歴史を見ても、奇襲で平家を襲撃した源義経の〝ひよどり越えの戦い〟や、織田信長が今川氏の大軍を撃破した〝桶狭間の戦い〟、また本能寺の変を知った羽柴秀吉が即座に京に取って返し明智光秀を討った〝中国大返し〟など、スピーディーな行動が勝敗を決した例は枚挙にいとまがありません。一方で、日中戦争から太平洋戦争へと拡大・長期化した戦争によって、わが国が壊滅的な打撃を受けたのも事実です。

時間はコスト。長期戦では自分も相手も時間を浪費します。短期間で勝敗を決することができれば、自分も相手も時間が節約でき、ダメージを軽減することができます。資金や軍備だけではなく、何より命を無駄にせずに済むのです。戦いは早く終わる方が、万事において正しいと言えます。

現代社会も同じです。例えば、何かの資格取得やプロジェクトの成果を出そうと思うのなら、期限を設けるのが必須条件です。「いつか取得したい」「ぼちぼち結果を出そう」という気持ちだけで、望む結果は得られません。あなたはあなた自身のリーダーですから、自分で自分に期限を設けるべきです。期限を決め、集中して行動する。うまくいかなかったら、いったん引いて作戦を練り直し、再び挑戦する。締め切りを定めずダラダラしていると、時間をどんどん浪費してしまいます。

◎自分流にこだわらない

優れた将軍は、遠征先(適地)で食料調達を考える。敵地の穀物一俵は、自国から運ぶ20俵に相当する。


孫武は食料だけではなく、武器や戦車も敵地で敵のものを接収すれば、わざわざ自国から運ぶより効率が良いと言っています。これを現代に置き換えるなら、例えば他者のアイデアや知恵、営業力や企画力など知的資源を素直に学び、真似をして自分の力にせよ、ということです。他者とは、競合先や社内のライバルすべてを指します。

このときに邪魔をするのがあなたの「自我」や「意地」で、自分の中の敵が、可能性を低めてしまいます。「人の真似などできるか」「人のふんどしで相撲は取りたくない」という感情が、チャンスを遠ざけます。「プライドを捨てるわけにはいかない」というのは言い訳に過ぎません。プライドとは、結果を出して初めて成立するものです。意地を張って戦いに敗れ、後で悔やんだり嘆いたりする方が、よほどプライドを失います。

他者のアイデアでも堂々と真似して良いのです。そこに〝独自の工夫〟をプラスすれば、それがあなたのオリジナルになります。もともと日本人は、古来、海外から伝わったあらゆる文化や技術を真似て、そこに独自の知恵や技を加味することでオリジナリティを発揮してきました。「学ぶ」の語源は「真似る」。私たちは学ぶことに長けているのです。他者から素直に学び、負けない力を磨いて、負けない戦い方を実践しましょう。

◎敵と手を結び、相乗効果を生みだす

敵と手を結ぶ戦い方は、勝つたびに自軍の戦力を増強する。


これは前項の「食料だけではなく、武器や戦車も敵地で敵のものを接収すれば、わざわざ自国から運ぶより効率が良い」という教えに関連します。相手の資源を自軍のものとして有効活用すれば、勝つたびに自軍の兵力は強くなるのです。

現代で言えば、社内で競い合うライバルや、同じ商圏の競合先をイメージして下さい。もちろん決して負けられない相手ですが、時には協力することで、個々では出せない大きな成果を生み出すことが可能になります。例えば、それぞれの得意分野で役割分担してプロジェクト企画を実現させたり、競合先との業務提携で他地区からの参入を抑止したり、仕入れルートの統合で仕入れコストを削減するなど、ライバルと手を結ぶことでもたらされるメリットは少なくありません。

真のライバルとは、互いの力を認め合い、それぞれ実力を磨き続けることで、より高次な次元の成功をめざす存在です。結果として、共存共栄を実現する。それがすべてにおけるバランスであり、調和につながるのです。


「負けないための兵法」である『孫子』───今回は、作戦篇から「負けない戦い方をする」という教えを学びました。次回は、「戦わずして勝つ」というテーマについて、考えてみましょう。